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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1860号 判決 1997年11月27日

上告人

近藤俊信

近藤つや

右両名訴訟代理人弁護士

室野克昌

杉山利朗

被上告人

牧武史

右訴訟代理人弁護士

古田利雄

田邨正義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人室野克昌、同杉山利朗の上告理由について

原審の確定した事実関係によれば、(1) 本件自動車の所有者である被上告人は、平成三年一二月一〇日、友人である甲野太郎に対して、二時間後に返還するとの約束の下に本件自動車を無償で貸し渡したところ、甲野は、右約束に反して本件自動車を返還せず、約一箇月間にわたってその使用を継続し、平成四年一月一一日、本件自動車を運転中に本件事故を起こした、(2) 甲野は、本件自動車を長期間乗り回す意図の下に、二時間後に確実に返還するかのように装って被上告人を欺き、本件自動車を借り受けたものであり、返還期限を経過した後は、度々被上告人に電話をして、返還の意思もないのにその場しのぎの約束をして返還を引き延ばしていた、(3) 被上告人は、甲野から電話連絡を受けた都度、本件自動車を直ちに返還するよう求めており、同人による使用の継続を許諾したものではなかったが、自ら直接本件自動車を取り戻す方法はなく、同人による任意の返還に期待せざるを得なかった、というのであり、以上の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。そして、右事実関係の下においては、本件事故当時の本件自動車の運行は専ら甲野が支配しており、被上告人は何らその運行を指示、制御し得る立場になく、その運行利益も被上告人に帰属していたとはいえないことが明らかであるから、被上告人は、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に当たらないと解するのが相当である。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切ではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人室野克昌、同杉山利朗の上告理由

第一点 原判決には、判例違反、または自動車損害賠償保障法三条(以下、自賠法三条という)の解釈適用を誤った法令違背があり、その違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決が認定した事実は次のとおりである。

① 被上告人は昭和四三年七月六日生の男子であり、訴外甲野太郎(以下、訴外甲野という。)は昭和四五年五月二三日生の男子である。

② 被上告人は、訴外甲野が中学校に入学した当時、同じ中学校の三年生で、不良グループのリーダー的存在であり、訴外甲野は、中学校に入学して間もなく、被上告人と知り合って右不良グループに入り、被上告人の子分のように付き従うようになった。

被上告人と訴外甲野は、中学校を卒業した後にも、同じ暴走族にも入ったりして交際を続け、平成二年に同甲野が結婚した後は、以前ほど頻繁には会わなくなったものの、年に四、五回は一緒に遊んでいた。

訴外甲野は盗んだ車を運転中にカーヴを曲がり切れず、歩行者を轢き逃げしたこと等の理由で少年院に送致されたことがあり、被上告人は、右の事実を知っていた。

③ 被上告人は、平成三年三月頃、加害車両を約二八〇万円で月賦で購入し、遊びのために使用していた。

④ 被上告人は、同年一二月一〇日午後七時頃、訴外甲野から「急用があるので少しだけ車を貸して欲しい。」と頼まれ、その晩出掛ける用事があったので、その旨を説明して一旦は断ったが、同甲野が困っている様子であったため、二時間で返還するとの約束のもとに、同甲野に加害車両を無償で貸し渡した(争いがない。)。

⑤ しかし、訴外甲野は、加害車両を返還せず、同月一二日夜になって、被上告人に電話してきた(争いがない。)。その際、被上告人は、同甲野に対し、約束どおりに返還しないことを責めた上、「直ぐ返せ。車をその場に置いておけ。」と言ったが、同甲野が「現在遠くにいる。女性と一緒にいる。また電話します。」などと言って、返還を少し待ってくれるよう繰り返し頼んだので、最終的には、「しょうがねえなあ。用事を済ませたら早く返せよ。頻繁に電話を入れろよ。」と言って、電話を切った。

⑥ その後、同月二八日までの間に、訴外甲野が被上告人に電話で「もう少し待って欲しい。」「いつまでには返す。」などと言って頼み、被上告人が「お前いい加減にしろ。早く返せ」と言って返還を迫るものの、同甲野がそばに居るわけではないので、結局、「絶対だな。間違いなく返せよ。」と言い、同甲野の約束する期限までに確実に返還することを約束させて電話を終わることが、多数回繰り返された。

⑦ 訴外甲野は、同月二八日頃、被上告人に対して電話で、先輩とは一緒ではないのに偽って、「先輩につきあわされている。もう少し貸して欲しい。一月四日には返す。」と頼み、被上告人は、「お前いい加減にしろ。早く返せ。」と言ったが、怖い先輩に付き合わされているのなら仕方がないとの思いもあり、結局、期限までに返すことを約束させて電話を切った。

⑧ 訴外甲野は、平成四年一月四日、被上告人に電話で、「松が取れるまで貸して欲しい。」と頼んだが、被上告人は「直ぐ返せ。」と言って電話を切った。

⑨ 訴外甲野は、同月八日、被上告人に電話で、「もう少し貸して欲しい。」と頼んだが、被上告人から返還を求められ、返すとの返事をしたものの、そのまま加害車両に乗って遊び回っているうちに、本件事故を惹起するに至った。

⑩ 被上告人は、加害車両を訴外甲野に使用されている間、平成三年一二月二八日過ぎ頃町田市内を自動車で走って同甲野を探したほかは、同甲野からの連絡を待つだけで、積極的に同甲野に連絡をつけるための行動はしなかった。また、被上告人は、警察に対し加害車両の盗難届を提出していないし、訴外甲野から電話連絡があった際、警察に盗難届を出すと言ったことはなかった。

⑪ 本件事故は、右のような経過をたどるなかで、加害車両の貸渡しがあった平成三年一二月一〇日から一か月余を経過した平成四年一月一一日に発生したものであり、訴外甲野が、運転前にビールを約三本のみ、運転中も五〇〇ミリリットル入りの缶ビールを三本飲んだ上、時速五〇キロメートルに制限されている片側一車線の道路の下りカーヴを時速約八〇キロメートルで走行したため、中央線を越えて対向車線に進入し、対向車線を進行してきた被害車両と正面衝突した事案である。

二 原判決は、右認定した事実に基づき、次のとおり判断した。

1 訴外甲野は最初から被上告人の意思を無視し長期間乗り回して遊ぶ意図であったのに、右の意図を秘して約二時間で確実に返還するもののように装い、被上告人を欺いて加害車両を借り受けたものと推認することができる。

訴外甲野は加害車両を借り受けた後は被上告人に頻繁に電話連絡していたが、その都度被上告人から直ちに車の返還を求められたにもかかわらず、「いつまでには返す。」とその場凌ぎの口約束をしては返還を引き延ばしていたものであり、一方、被上告人としては、同甲野から電話連絡がされた都度直ちに車の返還を求めたが、自ら加害車両を取り戻す方途もなく、同甲野の口約束が履行されることを期待するほかなく、約束の期限までに返還するよう念を押していたものである。

右の事情からすると、被上告人は訴外甲野から貸借名義で加害車両をだまし取られたも同然であるから、約束の二時間を経過した後の加害車両の運行は全く被上告人の意思に反するものであり、かつ、本件事故当時においては最早、被上告人が訴外甲野に対して加害車両の運行を指示、制御し得る状況になかったと認められる。

2 なお、被上告人は加害車両を訴外甲野に貸した際に同伴していた乙山花子への連絡先を知っており、同女を通じて同甲野に連絡することが可能であったものと窺えないではないが、同甲野は被上告人から直接電話で返還要求を受け、返還約束をしてもこれを全く守らなかったのであるから、乙山花子を通じて返還要求したとしても同甲野がこれに応じたとは到底考えられないから、被上告人が乙山花子に連絡しなかったからといって前記判断を左右しない。

被上告人は訴外甲野との電話の際には常に返還を求めながらも最終的には同甲野の「いつまでに返す。」との口約束が履行されることを期待して連絡を終わっていたが、自ら直接加害車両を取り返す方途のない被上告人としては繰り返し返還を求め、これによる同甲野の任意の返還に頼らざるを得なかったのだから、被上告人のそのような態度をもって、同甲野の申し出た期限までの使用を黙示的にせよ許諾していたものと評価することはできない。

訴外甲野は一月四日の電話の際に、覚せい剤を代償として持って行くことを条件に被上告人から加害車両の使用の許諾を得た旨の陳述をしていることが認められるが(乙第三、第四号証の各一、二)前認定の諸事実及び丙第一八号証に照らし、措信できない。

訴外甲野の前歴等に照らせば、被上告人が積極的に警察に盗難届を出し、電話連絡があった際にその旨を伝え、あるいは盗難届を出さないままでも警察に訴える等してその返還を強く求める意思を伝えていれば、あるいは同甲野が加害車両を早期に返還したものと考えられないではないが、その返還に応じていないにせよ同甲野からの電話連絡がされている状況下において、被上告人が、同甲野を犯人として盗難届を提出する等の手段を直ちに実行に移すことは困難なことであり、このような手段を取らなかったからといって前記判断を覆すことはできない。

訴外甲野の前歴等に照らせば、同甲野に自動車を貸与した場合には事故を惹起する危険があることが窺われないではなく、結果的には、前歴の事故と同様運転者としての基本的なモラルに欠けた無責任かつ無謀な運転態度による事故を惹起することとなったということができるが、このことも前記判断を覆すべき事情には当たらない。

3 以上のとおり、本件事故当時、被上告人は、加害車両に対する運行支配を失っていたので、自動車損害賠償保障法第三条にいう運行供用者には当たらない。

三 ところで、自賠法三条による運行供用者責任の成否が自動車に対する運行支配と運行利益の帰属を判断基準とすることが通説・判例であることは周知のとおりである。運行支配・運行利益の帰属という概念が基準とされたのは自賠法三条が民法七一七条の危険責任と民法七一五条の報償責任の理念に基づくとの理解が前提にある。そして、運行支配・運行利益の帰属の有無は、もとより具体的事実関係について定められるものではあるが、そのことは、運行支配について、必ずしも、当該運行に対する直接・具体的な支配の存在を要件とすることを意味するものではなく、諸般の事実関係を総合し、これを「客観的外形的」に観察して、「社会通念上、彼が車の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり、運行を支配・制御すべき責務があると評価される場合」に運行支配が肯定されるものと解されるし(最判昭和四五年七月一六日判時六〇〇号八九頁、最判昭和四七年一〇月五日民集二六巻八号一三六七頁、最判昭和四八年一二月二〇日判時七三七号四〇頁。)、運行利益の帰属も、必ずしも現実・具体的な利益の享受を意味せず、事実関係を客観的外形的に観察(最判昭和四六年七月一日民集二五巻五号七二七頁)することにより、法律上または事実上の何らかの関係で彼のために運行がなされていると認められる事情があれば肯定されるものと解される(最高裁第三小昭和四六年一月二六日判決の野田調査官の判例解説等参照)。

その後、第一審判決が引用した最高裁第三小昭和五〇年一一月二八日判決は自賠法三条の運行供用者概念を「自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場」という基準で構成した。運行支配概念は最近では既に規範概念であって、運行支配はまさに車の運行という社会生活に危険を作り出したものと評価できる事実にもとづいて把握されているから、「社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場」という基準は従来の運行支配概念と内容に違いはないものと解されるし、自賠法三条の本来の趣旨である危険責任の理念に基づくものといえる(福永政彦判例評論二〇八号二三頁以下参照)。

いずれにしても、「運行供用性」の判断にあたって、運行支配概念は、本来の物権的支配から離れて支配可能性、更には支配すべき義務を怠った場合まで含むことになって、抽象化、規範化しており、運行利益は、親族、友人間の無償貸与等、当事者間の人間関係に由来する精神的満足やマイカーによるドライブの楽しみなどといったような有形、無形、心理的、感情的な利益まで含むことになって、客観化、希薄化している。

したがって、本件において、被上告人が加害車両の運行供用者といえるかどうかかの判断をするについても、以上のような、近時の最高裁判例の解釈基準に則ってなされるべきである。

四 然るに、原判決は前掲最高裁各判例に違反し、または自賠法三条の解釈適用を誤った法令違背があり、その違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

1 まず、原判決が前記のとおり認定した事実とその事実により判断したとおりの事情(前記第一の二記載)を前提としたとしても、「被上告人としては訴外甲野から貸借名義で加害車両をだまし取られたも同然で、約束の二時間を経過した後の加害車両の運行は、全く被上告人の意思に反するものであり、かつ、本件事故当時においては、最早、被上告人が訴外甲野に対して加害車両の運行を指示、制御し得る状況になかったと認められる」とし、本件事故当時、被上告人は加害車両に対する運行支配を失っていたので自賠法三条にいう運行供用者には当たらない、とした原判決の結論は、判例に違反し、または、自賠法三条の解釈適用を誤った法令違背があり、その違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、被上告人は訴外甲野と同じ暴走族に入って暴走行為をしていたことがあり、しかも、被上告人は、同甲野が盗んだ車を運転中にカーヴを曲がり切れず、歩行者を轢き逃げしたこと等の理由で少年院に送致されたことがあることを知っていた。

したがって、被上告人としては、訴外甲野に加害車両を貸し渡すに当たっては、たとえ貸し渡す時間を二時間に限定したとしても、また、貸し渡しが同甲野に欺かれてしたものだとしても、右のような同甲野の自動車運転についての過去の行状、劣悪な運転モラルに鑑み、同甲野の加害車両の運行による危険を認識すべき立場にあり、かつ、認識し得る立場にあった(原判決は、この点につき、訴外甲野の前歴等に照らせば、同甲野に自動車を貸与した場合には事故を惹起する危険があることが窺われないではなく、結果的には、前歴の事故と同様運転者としての基本的なモラルに欠けた無責任かつ無謀な運転態度による事故を惹起することとなったということができる、と認めている。)。

さらに、被上告人は、訴外甲野が返還の約束をした二時間を経過した段階、一二月一二日夜になって初めて同甲野から電話連絡があった段階、その後同甲野が加害車両で遠出をしたり、多数回にわたって電話連絡をしてきたもののその都度返還の引き延ばしをしてきた段階に至るにしたがい、同甲野が加害車両を広範囲にわたり乗り回していることを認識し得たもので、加害車両の運行による危険が現実化する懸念があったのであるから、被上告人は、加害車両の所有者として、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあった。

また、訴外甲野は、加害車両借受け後、平成三年一二月一二日夜から平成四年一月八日までは、被上告人に頻繁に電話連絡を取っていたのであるから、被上告人が積極的に警察に盗難届、あるいは詐欺による被害届等を出して電話連絡があった際にその旨を伝えるとか、あるいはそのような届を出さないまでも、警察に訴えると申し伝える等して加害車両の返還を強く求める意思を伝えていれば、同甲野はその前歴等(同甲野は、不良グループの一員であったこと、暴走族に入っていたこと、盗んだ車で轢き逃げ事故を起こし少年院に送致されたことがあること)に照らせば、加害車両の使用が警察問題化することを惧れて、加害車両を早期に返還した可能性が十分にあったし、更に被上告人は加害車両を同甲野に貸した際に同伴していた乙山花子への連絡先を知っており、同女を通じて同甲野に連絡することが可能であったし、そうすれば、同甲野の居所を探し当て、直接加害車両を取り戻すことも可能であった。このように、被上告人は、加害車両の運行を事実上支配、管理することができる立場にあったにも拘らず、原判決も認定したとおり、加害車両を訴外甲野に使用されている間、平成三年一二月二八日過ぎ頃町田市内を自動車で走って同甲野を探したほかは、同甲野からの連絡を待つだけで、積極的に同甲野に連絡をつけるための行動はしなかった。

以上のように、被上告人は、加害車両の所有者として、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあった者であると評価できるから、被上告人は本件事故当時、加害車両の運行について運行支配があったものであり、自賠法三条にいう運行供用者に該当する。

2 次に、原判決は、本件を泥棒運転と同視して、被上告人の加害車両に対する運行支配の喪失を認め、被上告人の運行供用者責任を否定したものであるが、これは判例に違反し、または経験則に違背することは明らかである。

泥棒運転に関して、最一小昭和四八年一二月二〇日判決(民集二七巻一一号一六一一頁)は窃取された自動車の所有者の運行供用者責任を「車の運行を指示制御すべき立場になく、また運行利益も帰属していたとはいえない」との理由で否定したが(なお、この判決は乗り捨て目的下の窃取であることを重視したものとみられている。)、その後の下級審実務においては客観的容認説の立場から責任の有無を判断するものが多く、乗り捨て目的での窃取事例についても責任を肯定した例も少なくない(札幌地判昭和五五年二月五日判タ四一九号一四四頁、京都地判昭和五六年九月七日交通民集一四巻五号一〇五一頁、名古屋高判昭和五六年七月一六日判時一〇一〇号六一頁。なお、否定例として、東京高判昭和五四年一二月二七日交通民集一二巻六号一四八一頁、大阪地判昭和五七年一〇月七日交通民集一五巻五号一三三一頁)。すなわち、保有者は、その意思に基づく運転について責任を負うは当然であるが、その意思は客観的意思で足り、客観的に第三者に車の運転を容認したものといわれてもやむを得ない事情があれば、泥棒運転の場合であっても、保有者は運行供用者責任を負うとするのが下級審裁判例の趨勢である。これら裁判例の傾向としては、概ね、一般人の自由に出入り可能な路上や空地内に監視できない状況下でドアに施錠せずエンジンキーをつけたまま長時間駐車させていれば客観的容認状態が肯定されており、他方、窃取者の返還意思の有無、窃取後事故までの時間的距離的関係等の窃取後の使用状況及び盗難届等保有者側からの泥棒運転排除の為の措置の有無等の事情が右容認状態からの離脱(支配の喪失)の要素として考慮されている(ジュリスト新交通事故判例百選二一頁松本久)。

一方、雇用関係・知人関係等保有者と人的つながりのある者による無断運転の場合、もはや保有者の運転支配が失われることのないことは従来の判例から明らかであるし(最判昭和四三年一〇月一八日判時五四〇号三六頁、最判昭和四四年九月一二日民集二三巻九号一六五四頁、最判昭和四六年七月一日民集二五巻五号七二七頁、最判昭和四六年一月二六日民集二五巻一号一二六頁)、無断乗り出しの五日後に発生した事故についても保有者の責任を肯定した事例(東京地判昭和四七年三月二七日判タ二七七号二四〇頁)にみられるように、乗り捨てるつもりで無断運転を始めたといった泥棒運転と同視できるような事情でもない限り、無断運転車に対する保有者の運転支配の喪失は認められないというのが判例である。

ところで、本件において、被上告人と訴外甲野との間に密接な人的関係があったこと、返還を引き延ばしてはいたものの、訴外甲野には加害車両を借り受けた当初から事故を起こすまで一貫して同車両を被上告人に返還する意思があったことは、原判決も認めている事実である。したがって、被上告人が加害車両の使用について警察に盗難届等を提出し、その旨訴外甲野に伝えたにも拘らず、なおその後も車の返還を拒絶して使用を継続した等の事情が認められるのであれば格別、それらの事情が認められない本件は、原判決が認定した他の事実を前提としたとしても、人的に密接な関係のある者の間における返還の予定された無断運転の事案なのであり、泥棒運転あるいは泥棒運転と同視しうる事案であるとは到底言えない。

したがって、原判決が、本件を泥棒運転と同視し、被上告人の運行供用者責任を否定したことは、判例違反または経験則違反であるし、前記のように、泥棒運転の場合においてさえ保有者は運行供用者責任を負うことがあるとする判例と余りに均衡を失するもので経験則に違反する。

結局、原判決が認定した事実を総合し、前記のような運行支配の喪失の有無を判断する際の諸要素を勘案すれば、本件では、被上告人は、客観的に第三者に加害車両の運行を容認していたとみられてもやむを得ないといえるから、被上告人は、本件事故当時、加害車両の運行について運行支配があったものであり、自賠法三条にいう運行供用者に該当する。

仮に、本件が泥棒運転の場合と同視できるとしても、右と同様に、本件では客観的容認状態は肯定されるから、被上告人が、自賠法三条にいう運行供用者に該当することに変わりはない。

3 次に、原判決の認定した事実を前提とした場合、以下に述べるように、原判決の認定事実による評価、判断は、経験則に違背し、または採証法則に違背することが明らかであって、ひいては、原判決には、自賠法三条の解釈適用を誤った法令違背があり、その違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(一) 原判決は、訴外甲野は最初から被上告人の意思を無視し長期間乗り回して遊ぶ意図であったのに、右の意図を秘して約二時間で確実に返還するもののように装い、被上告人を欺いて加害車両を借り受けたものと推認し、被上告人は同甲野から貸借名義で加害車両をだまし取られたも同然であると判断しているが、原判決のこの判断は、経験則に違背するとともに、採証法則に違背することは明らかである。

すなわち、被上告人と訴外甲野は、同甲野が中学校に入学して以来の古い友人関係(当初は不良グループの仲間、その後暴走族仲間)にあり、本件事故当時も年四、五回は一緒に遊んでいたという関係であった。訴外甲野は平成三年一二月一〇日午後七時ころ被上告人から二時間で返還する約束で加害車両を無償で借り受けたが、約束の二時間で返還せず、同月一二日夜になってようやく被上告人に電話連絡してきたのであるが、被上告人と訴外甲野の交遊歴(不良仲間・暴走族仲間)からすると、同甲野が被上告人に加害車両を貸してくれるよう頼むことも不自然なことではないし、被上告人としても、加害者両を貸すことを躊躇するような関係ではなかった(被上告人が一旦断わったのはその晩出掛ける用事があったからで、加害車両をだまし取られてしまうのではないかとの不安は被上告人にはなかった。)。更に、被上告人は加害車両を遊びのために使用していたものであるから、その晩の用事のほかはとりたてて加害車両を使用する必要はなかった。訴外甲野が約束の二時間を過ぎても返還せず同月一二日夜になって初めて被上告人に電話連絡してきたことにしても、同甲野と被上告人のつき合いの程度、内容からすると、だまし取られたなどと大騒ぎするようなことではなかった。けだし、実際、被上告人は訴外甲野から一二日夜に電話があるまで、同甲野あるいは加害車両を探そうともしていなかったし、当該電話の際も、被上告人は同甲野が約束を破ったことを責めたものの最終的には「しょうがねえなあ。用事を済ませたら早く返せよ。頻繁に電話を入れろよ。」といった程度で済んだのである。

その上、そもそも、被上告人は、訴外甲野から加害車両をだまし取られたという意識はなかったことを自認しているのである(同牧の本人調書番号一〇七、一三三)。

以上の事情によると、訴外甲野には、借受け当初、被上告人の意思を無視し長期間乗り回して遊ぶ意図などはなく、約二時間で確実に返還する意図で加害車両を借り受けたものと評価できる。したがって、被上告人が同甲野に加害車両を貸渡した行為(使用貸借の成立)における被上告人の意思には何らの瑕疵はない。

(二) 訴外甲野は一二日以降も加害車両を被上告人に返還することなく使用し続けていたが、平成四年一月八日までの間、頻繁に多数回にわたり電話連絡して、その都度前記認定のようなやり取りがなされた。

原判決は、この電話でのやり取りの事実をもって、訴外甲野は「いつまでには返す。」とその場凌ぎの口約束をしては返還を引き延ばしていたものであるし、自ら直接加害車両を取り返す方途のない被上告人としては繰り返し返還を求め、これによる同甲野の任意の返還に頼らざるを得なかったのだから、被上告人のそのような態度をもって、同甲野の申し出た期限までの使用を黙示的にせよ許諾していたものと評価することはできないと判断している。

しかしながら、

ア 電話でのその都度被上告人は訴外甲野に対し、加害車両を約束どおりに返還することを求めたものの、結局はその時に決めた期限までに返還することを約束させて電話を切っていたこと、

イ ことに、平成三年一二月二八日頃の電話の際には、被上告人は「一月四日には必ず返す」との訴外甲野の言葉に対し、「最初は断っていたのですが、これが最後というので「分かった」と返事をし」たこと(被上告人の本人調書 番号四四ないし四七、九五ないし一〇〇、一二八)

ウ 「分かった」という言葉の意味は、一月四日まで車を貸すことを了解したという意味であること(このことは、被上告人が、一月四日までに返せといったことが民事の裁判で不利になることを分かっていたため、被上告人の代理人に対してすらも本人尋問が行われた平成五年二月一六日ころまで隠していたこと(前記調書 番号六八ないし七〇、一四五、一四七)からも明白である)、

エ 被上告人は、加害車両を訴外甲野に使用されている間、町田市内を一度自動車で走って同甲野を探したほかは、同甲野からの連絡を待つだけで、積極的に同甲野に連絡をつけるための行動はしなかったし、被上告人は、警察に対し加害車両の盗難届を提出していないし、同甲野から電話連絡があった際、警察に盗難届を出すと言ったことはなかったこと、

オ 被上告人は乙山花子を通じて訴外甲野に連絡し加害車両の返還を求めることが可能であったにもかかわらず、そのような行為に出なかったこと、

などの事情によれば、訴外甲野が多数回の電話連絡の都度申し出た期限まで加害車両を使用することにつき、被上告人は明示または黙示的に許諾していたものと評価することが経験則に合致するものというべきである。

したがって、原判決が前記のように評価判断したことは、重大な経験則違背であるとともに、採証法則に違背することも明らかである。

(三) 被上告人が、訴外甲野に加害車両を貸与してから本件事故発生までの間にとった行動は、同甲野からの電話連絡の都度返還を求めたほかは、平成三年一二月二八日過ぎ頃町田市内を自動車で走って同甲野を探しただけである(町田市内を車で走ったといっても、特に同甲野を探し当てるあてがあったのではなく漫然走行したというに過ぎない。)。かえって、被上告人は、加害車両を訴外甲野に貸した際に同伴していた乙山花子への連絡先を知っており、同女を通じて同甲野に連絡することが可能であったものと窺えるのに同女に何らの連絡もしなかったし、積極的に警察に盗難届を出していないし、電話連絡があった際に警察に盗難届を出すと言ったこともなかった。

なお、この点につき、原判決は、加害車両の返還に応じていないにせよ訴外甲野からの電話連絡がされている状況下において、被上告人が、同甲野を犯人として盗難届を提出する等の手段を直ちに実行に移すことは困難なことであると判示している。しかしながら、これは論理の矛盾であり、経験則に違背する。すなわち、原判決は、訴外甲野の被上告人への電話連絡は、結局その場凌ぎの口約束をしては返還を引き延ばしていたものにすぎず、また、被上告人としては、同甲野の口約束が履行されることを期待するほかなく、約束の期限までに返還するよう念を押していたものであるという事情のもとでは、被上告人は加害車両を貸借名義でだまし取られたも同然であると判断しているのであるから、そのような状況下であればこそ、むしろ、被上告人は盗難届あるいは詐欺等の被害届等の行為に出るべき、またはその旨訴外甲野に通告すべきであったと判断するのが経験則に合致した論理的帰結である。

(四) 結局、本件では、

ア 加害車両の使用貸借は被上告人と訴外甲野の密接な友人関係に基づくものであり、かつ、被上告人には使用貸借につき何らの意思の瑕疵はなかったこと、

イ 訴外甲野が当初約束した二時間を大幅に超過したことについては、一二月一二日夜の電話で事後的に被上告人の承諾をえたし、その後の加害車両の使用についても、電話連絡によりその都度被上告人の明示もしくは黙示の承諾を得ていたこと、

ウ 最後の使用許諾は平成四年一月八日で事故発生はその三日後であるが、それまでは電話連絡により数日間の使用許諾の繰り返しにより使用が一か月にわたってなされてきたという事情から、時間的近接性は十分であること、

エ 本件事故は山梨県の河口湖町で発生しているが、それより以前にも訴外甲野は加害車両で草加市や高崎市などの遠方に出かけることを被上告人に報告していたことからすると、被上告人は同甲野が遠方に出かけることを継続的に明示的もしくは黙示的に了承していたものといえるから本件事故場所への使用も許諾の範囲内であるといえること、

オ 加害車両の借受けから本件事故まで一か月余を経過していたが、加害車両の返還は約束されていたこと、

カ 被上告人は訴外甲野が加害車両の使用を続けている間、一二月二八日頃に町田市内を車で走って同甲野を探した外、同控訴人からの電話連絡を待つだけで、加害車両の返還に向けて何らの積極的行動を取らなかったこと、

キ 殊に訴外甲野の前歴からすると、実際に警察に何らかの届を出さなくとも、早期に返還しなければ警察に届ける旨通告するだけでも本件事故に至る前に加害車両の返還を受け得た可能性が十分にあり、そうすれば、本件事故は惹起されずに済んだこと、

ク 被上告人は加害車両を訴外甲野に貸した際に同伴していた三澤ゆりへの連絡先を知っており、同女を通じて同控訴人に連絡することが可能であったし、同甲野の居所を探し当て、直接加害車両を取り戻すことも可能であったこと、

ケ 訴外甲野の前歴等に照らせば、同甲野に自動車を貸与した場合には事故を惹起する危険があることが窺われないではなく、結果的には、前歴の事故と同様運転者としての基本的なモラルに欠けた無責任かつ無謀な運転態度による事故を惹起することとなったということができること、

等の事情が認められる。

これらの諸事情を客観的外形的に観察すると、被上告人は、社会通念上、加害車両の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり、かつ運行を支配・制御すべき責務があったということがいえ、その運行・制御すべき責務を怠ったものといえる。そうすると被上告人には、本件事故当時、加害車両に対する運行支配があり、かつ運行利益も帰属していたものといえるから、被上告人は自賠法三条の運行供用者に該当する。

また、最高裁第三小昭和五〇年一一月二八日判決による自賠法三条の運行供用者概念についての「自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場」という基準を前記諸事情に当てはめた場合、前記第一の四の1で主張したと同様の理由により、被上告人は、加害車両の所有者として、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあった者であると評価できるから、被上告人には本件事故当時、加害車両の運行について運行支配があったものであり、自賠法三条にいう運行供用者に該当する。

さらに、客観的容認説によれば、仮に、一月八日以降の使用が無断運転であるとしても、被上告人は、客観的に第三者に加害車両の運行を容認していたとみられてもやむを得ないといえるから、被上告人には本件事故当時加害車両の運行について運行支配があったものであり、自賠法三条にいう運行供用者に該当する。

五 原判決には、以上のとおり、判例違反、または自動車損害賠償保障法三条の解釈適用を誤った法令違背があり、その違背が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄されるべきである。

第二点 <省略>

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